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名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)1715号 判決

原告 山田誠三

〈ほか二名〉

右原告三名訴訟代理人弁護士 竹下伝吉

同 山田利輔

同 青木仁子

被告 東海糧穀株式会社

右代表者代表取締役 長坂利之

右訴訟代理人弁護士 近藤昭二

主文

一、被告は原告山田誠三に対し、金一、三四八、〇〇〇円、同山田ユナ子に対し、金八〇〇、〇〇〇円、同山田政之に対し、金五〇〇、〇〇〇円およびこれらに対する昭和四五年六月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告山田誠三のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

四、この判決は主文第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨(原告ら三名)

(一)  被告は原告山田誠三に対し、金一、七四〇、〇〇〇円、同山田ユナ子に対し、金八〇〇、〇〇〇円、同山田政之に対し、金五〇〇、〇〇〇円およびこれらに対する昭和四五年六月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  主文第三項と同旨

(三)  仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告らの請求はいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

≪以下事実省略≫

理由

一、原告ら主張の請求原因第一項(一)の事実は当事者間に争いがない。

二、(原告誠三について)

(一)  ≪証拠省略≫を総合すれば、原告誠三は昭和四四年六月頃斉藤に建物を貸したことにより同人と知合いになり、昭和四五年二月頃に斉藤が原告誠三方を訪れ「商品取引で利益を一〇五、〇〇〇円上げている人がいるが、委託証拠金がないのでその利益は会社に入ってしまうが現金か証券を入れてくれればその利益は原告誠三に入る」趣旨の話をもちかけた結果、原告誠三が斉藤に原告誠三名義の株式会社小松製作所の株券五、〇〇〇株を渡すことになり、三日後に被告の預り証を受けとるとともに右株券を斉藤に交付したこと、その際原告誠三は商品取引の経験はなく委託証拠金の趣旨についてよくわからないまま斉藤を営業課長と信じ、かつその肩書を信用していたこと、同年三月二日頃斉藤が原告誠三方を訪れ同人に会社の女事務員が必要としているので翌日に返すから貸してほしい旨申し向けて斉藤個人の預り証を書いて被告の預り証を持っていったこと、斉藤は原告誠三から受けとった被告の預り証を利用して、同年三月三日に前記株券五、〇〇〇株のうち二、五〇〇株を、同年三月二六日に残り二、五〇〇株を被告から引き出したこと、斉藤は右株券を原告誠三に返還せず結局これを自己のために横領費消したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右認定した事実からすれば原告は斉藤の不法行為により損害を蒙ったことになり、右損害額について検討するに、≪証拠省略≫によれば原告誠三が斉藤に交付した株式会社小松製作所の株式の一株当りの株価は斉藤が右株券を横領した時点では、二九〇円を下らないものと認められるので、右会社株券五、〇〇〇株の交換価格は一、四五〇、〇〇〇円となる。原告誠三は、さらに右株式には無償交付の新株式が発行されることになっていたのでこの分も損害に加算されるべきであると主張するが、右損害は特別損害というべきであるから原告誠三において右新株式(これについても原告は一株当り二九〇円と算定している)が発行され、その主張の価格相当の利益を取得すべき特別の事情がありかつそのような特別の事情の存在することを斉藤が知っていたかまたは知り得たことを主張、立証しなければならないと解すべきところ原告誠三において右のような特別の事情にあたる事実は主張せず、また本件全証拠によるもこれを認めえない。(≪証拠省略≫によれば小松製作所については、割当期日昭和四五年六月三〇日、割当比率一〇対二で新株が発行されることになっていることが認められるが、これをもって右特別の事情ありとたやすく認定することはできず仮りに斉藤が本件小松製作所の株券を費消した同年三月二六日頃にはすでに新株の発行が予定され一般に周知だったとすればいわゆる権利含みの株式として株価に反映するのが通常でありまた新株割当て後は権利落ちとして株価は下落するのが普通であるから新株式についても旧株式の価格と同一に評価すること自体失当であるといわざるを得ない。)そうすると原告誠三が蒙った損害は金一、四五〇、〇〇〇円となる。

三、(原告ユナ子について)

≪証拠省略≫を総合すれば、原告ユナ子は、昭和四四年一〇月頃斉藤と知合い隣りに住む山田さえ子と共に商品取引をはじめたこと、昭和四五年四月八日の朝斉藤から第三者が相場を立てたが証拠金が入らないので証拠金を入れてくれれば相場が上っているからもうかるが、今日午前中に金を入れなければならない旨話を持ちかけられ原告ユナ子が斉藤に現金八〇〇、〇〇〇円を交付したこと、その際に斉藤から前記甲第二号証の預り証の交付を受けたこと、原告ユナ子は斉藤から営業課長の肩書を付した同人の名刺を見せられそう信じていたこと、斉藤は原告ユナ子から交付を受けた右金八〇〇、〇〇〇円を被告に入れず結局自己のために横領費消したことが認められ右認定を覆すに足る証拠はない。右認定の事実によれば、原告は、斉藤の不法行為により金八〇〇、〇〇〇円の損害を蒙ったものと認められる。

四、(原告政之について)

≪証拠省略≫を総合すれば、原告政之は昭和四四年の一〇月頃斉藤から商品取引(小豆)の勧誘を受け昭和四五年一月一〇日頃から被告との間で取引をするようになったこと、その際原告政之は、斉藤から営業課長の肩書を付した名刺を示されそう信じたこと、斉藤から同年一月二四日に証拠金がいる、といわれて原告政之が現金五〇〇、〇〇〇円を斉藤に交付し、斉藤から前記甲第三号証の一、二の預り証を受け取ったこと、その際に原告政之は斉藤に対して被告の預り証を交付するように要求したところ同年一月二八日に右預り証を持参する旨斉藤が答えたこと、斉藤は結局、被告の預り証を持参せず原告政之の交付した現金五〇〇、〇〇〇円を自己のために横領費消したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定事実よりすれば原告政之は斉藤の不法行為により金五〇〇、〇〇〇円の損害を蒙ったものと認められる。

五、(被告の責任)

(一)  (不法行為責任について)

≪証拠省略≫によれば被告が斉藤に対し被告会社の営業課長なる地位を示す名刺を使用させたうえ、外務員の登録を受けさせないで、使用人として営業所以外の場所で商品取引の委託の勧誘をさせていたことが認められ(斉藤が未登録外務員であることは当事者間に争いはない。)右認定に反する証拠はない。

右認定の事実からすれば原告ら主張のとおり被告の右行為は商品取引所法第九一条の二第一号に違反することは明らかであるが、しかし、同法違反であることから本件において被告に原告らが斉藤の行為により損害を蒙ったことにつき当然に故意又は過失があったとすることはできない。同法第九一条の二第一号は同法第九一条と共に商品取引所が商品取引員およびその使用人を監督する体制を整え、会員およびその使用人の不正行為を未然に防止して商品取引所の社会的信用を保持しようとするものであり、いわば抽象的危険に対して制度的保障を講じようとするに過ぎず、本件においては、被告に不法行為責任ありとするには故意又は過失、因果関係についての具体的事実が立証されなければならず、右各事実については本件全証拠によるもこれを認めえない。

よって被告自身が不法行為をなしたとする原告らの主張は失当として排斥を免かれない。

(二)  (使用者責任について)

1  被告が斉藤を未登録外務員であることを知りながら同人を使用し商品取引の委託の勧誘をさせていたこと、斉藤は営業課長なる肩書を示す前掲甲第三号証の一の名刺を原告らに示していたことは前示認定のとおりである。

2  被告は、原告らと斉藤との間の株券現金等の授受は、本来第三者に帰すべき利益を横取りするという不法な行為であってかかる不法な行為は被告の業務に対する行為ではなく被告と右斉藤の行為とは無関係であると主張するので考えてみると、第三者が被告と商品取引をして取引差益が出ているが委託証拠金が入っていないので代ってこれを原告らから差し入れ取得することを目的とする斉藤の行為は手仕舞前の第三者の利益を流用することにより顧客をつかもうとする不当な勧誘行為であることは疑うべくもないが、客観的、外形的に見れば外務員の商品取引の委託の勧誘という被告会社の業務の範囲内にあるものというべきであり前示認定の事実および前掲各証拠から認められるとおり原告らは商品取引について全くの素人であり、門外漢であって商品取引の仕組についての適確な知識も乏しく、前示のとおり原告らはいずれも勧誘をうけた際営業課長の肩書を付した名刺を示され、現実に斉藤がその様な肩書を有するものであることを信じているのでありこの様な場合素人である原告らとしては斉藤の言葉はそのまま被告の代表者自身の言葉にも均しいものとして受け取られるのが通常であって斉藤の巧みな勧誘行為(≪証拠省略≫によれば斉藤の被告会社での成績は上位であったことが認められる。)のさなかにおいて、原告らが前示の如き「第三者が証拠金を入れないから原告らにおいて証拠金を出資してくれれば利益を配当する」旨の斉藤の言葉を聞いても、通常その様なことが会社の方針として容認されているものとして理解するか、ないしは、この様な勧誘の話の要点としては、単に「出資することにより利益が得られる」との一点のみが専ら顧客である原告らの興味と関心を惹く点であって、その余の点即ち第三者が証拠金を入れない云々のくだりは手続上の煩些な説明として看過するかのいずれかであると解されるから、これらの点を否定するに足りる特段の事情の認められない限り原告らにおいて斉藤の行為がその職務権限内において適法に行なわれたものでないことを知っていたか、又は知らないことにつき重大な過失があったとすることは相当でなく、右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。(≪証拠省略≫中には本件で斉藤が採った行為は商品取引業界では決して稀なことではなく顧客をつかむ手段としてなされることがままあることが真実らしく述べられているがそのことの真偽は確定し難い。)

3  そして原告らが被告の被用者である斉藤の不法行為により損害を蒙ったのは前記一ないし四認定のとおりであるから、被告は民法第七一五条による使用者としての責任を免れることはできない。

六、(被告主張の抗弁について)

(一)  (不法原因給付)

被告は原告らが委託証拠金を差し入れたのは不法原因給付に該ると主張するが、不法原因給付の「不法」とはその時代の一般的な倫理思想からみて公の秩序善良の風俗に反すると認められることを云うものと解すべきであり、前記認定した事実を総合してもいまだ右にいう「不法」性を認めることはできない。

(二)  (過失相殺)

前記一、二、三、四の(二)認定の事実からすれば、原告らが斉藤の話に乗ったことは一面軽率であった点もあるが、原告らの商品取引についての知識と斉藤の行為、商品取引業界の現状を総合斟酌すれば原告らにはいまだ過失なしとするのが相当であり過失相殺の主張は失当である。

(三)  ところで≪証拠省略≫によれば、原告誠三は、本件株券五、〇〇〇株を斉藤に交付した後、同人から利益金として金一〇二、〇〇〇円の支払を受けたことが認められるので前記損害金金一、四五〇、〇〇〇円より右金額を控除した金一、三四八、〇〇〇円が原告誠三の蒙った損害である。

七、従って原告らの被告に対する本訴請求は、原告誠三につき金一、三四八、〇〇〇円、原告ユナ子につき金八〇〇、〇〇〇円、原告政之につき金五〇〇、〇〇〇円およびこれらに対する本件訴状送達の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四五年六月二八日から各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があるからこれを認容し、原告誠三のその余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 日高乙彦)

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